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塵劫記の一部をご紹介。
お話しは、読み書きができない親が息子を師匠に通わせるところから始まります。
息子に師匠をつけたら習字に使う教科書をもらいました。
最初に師匠は、「一」「二」という字から教えたところ、家に帰った息子は父親に報告をしました。
「ねえ、ねえ、もう師匠はいらないよ。」
読み書きができない父親は聞きました。 「ほう、そりゃどうしてだい?」
「だって、「一」って言う字は、まずこうだよ。 「二」の字は、こうやって横に二本引くんだ。「三」の字は三本。
どうってことはないでしょ? この調子でいけばどんどんわかるから、もういりません。」
こんなふうに言われて父親は大喜びしました。
ある日、父親は知り合いの「万八さん」(まんぱち)に手紙を書いてくれるように頼みます。
でも、いつまでたってもできあがらない。
そこで様子を聞くと、「そんなにすぐにできるわけないでしょう。」
「朝から五百本ほど横棒を引いたけど、一万本引くには明日でないと無理だよ。」
・・・・いかがですか?
息子はぜんぶ同じ要領だと思いこみ、勘違いをしてしまいました。
お話しは、文字の手習いの話ですが、これと同じようなことが「数の学習」でも言えるのではないでしょうか?
「数を唱える。」
「九九を歌で覚える。」
「プリントで計算を順番にする。」
どれも理解度とは関係なく、繰り返すことでできるようになります。
1+1=2。 計算なら正解。でも、そうではないときもある。
「どんなとき?」
これは、体験しないとわかりません。
難しい概念でも体験しながら学習することで、肌で感じ、目で見て理解することができるのです。
「もの」と「数」を比べながら感じることで「数量感」はすくすく育ちます。
でも、それには手間と時間がかかります。
のみこみが早い子ほど、一度染みついた感覚は抜けにくいものです。
だから、「はじめの一歩」は慎重に踏み出しましょう。


